岩手県陸前高田市の夏の伝統行事「うごく七夕まつり」は、 初めてお盆を迎える方々の御霊を弔う鎮魂のお祭りとして、毎年、旧盆の8月7日に合わせて行われてきました。
各地区ごとに12台ある山車には、色とりどりの七夕飾り。人々は、笛や太鼓のお囃子に合わせ、「ヨイヤサーソイヤサー」と 威勢良く声をかけ合いながら、山車を引き、町中を練り歩きます。 夜になって、山車の灯籠に明かりが灯ると、それはそれは幻想的で美しい光景が広がりました。
このお祭りは、陸前高田の人々のきずなと、この地に生まれた誇りを育むためになくてはならない大切な夏の伝統行事でした。しかし、震災の大津波によって、 お祭りの伝承を支えてきた多くの方々が犠牲となり、山車や笛や太鼓のほとんどが流されてしまいました。
奇跡的に残った2台の山車。今年もお祭りを行うのか? どうするのか? みんなの心は激しく揺れ動きましたが、「亡くなられた方たちの御霊を供養するためにも、こんな時だからこそ祭りをやるんだ!」と、立ち上がった人々の強い想いに多くの共感が集まりました。
こうして、2011年の「うごく七夕まつり」は、 開催に向かって動き出したのです。
お祭りの有志たちが避難所を回って、一人一人に声をかけていくと、地区をこえて、大人も子どももみんなひとつに、七夕の飾り付けや太鼓や笛の練習に汗を流すようになりました。震災後、沈みがちだった辛く悲しい日々から、少しずつ笑顔を取り戻し始め、いよいよお祭りが近づいてくると自然と町中が活気づいていきました。その嬉しい知らせは、ふるさとを離れて暮らす人たちや日本各地にも届きました。
そして迎えた、お祭り当日。かつては、家々や商店が立ちならび、慣れ親しんだ風景が続いていたはずの道。変わり果てたその道を、山車が海に向かって、ゆっくりと進んで行きます。
海が見渡せる所まで辿り着くと、人々は静かに黙祷を捧げ、海の向こうに届くよう大きな声で叫びました。
「帰ってきてください! この明かりのもとに、みんなどうか帰ってきてください!」
大切な人を悼む悲しみの声が、 穏やかな海にいつまでも響き渡りました。
それから一週間あまり経った送り盆の夜。 スターリィマンは、再び陸前高田を訪れました。田んぼのあぜ道を歩いていると、どこからか聞こえる悲しく切ない声。それは、はかなく光るホタルたちの声でした。
御霊を供養するホタルの明かり
「私たちは、陸前高田の気仙川で生きていたホタル。3月11日の大津波で、川に大量の海水が流れ込み、私たちホタルもたくさん命を落としてしまったの」
「辛く悲しんでいるのは、人だけじゃないのよ。高田の山や川や海、多くの生き物たちも、 みんなみんな、仲間を失ったわ。傷ついたふるさとを想って、共に苦しんでいるのよ」
「うごく七夕まつりで、再びここに帰ることが出来た私たち。せめてこのお盆の時に、何かふるさとにご恩返しがしたい。そう願い、スターリィマンを呼んだのよ。どうか私たちに力をかして。夢を叶える風船を届けて。お願い!」
「やさしいホタルたち。私をここへ呼んでくれて、本当にありがとう。さぁ! みんなを導く光になってくれるかい?」
夕闇にホタルたちが輝き始めました。山車の灯籠にも、長い長い笹飾りにも、温かいホタルの明かりが灯ります。それぞれが帰るべき道を照らすかのように……。
「ねぇ、みんなこっちよ。一緒に夜空の星に戻ろう」
亡くなった人々、生き物すべての魂たちが、ホタルの明かりを目指して、どんどん山車の周りに集まってきます。
スターリィマンは「どうか安らかに」と祈りながら、夢を叶える風船を魂たちに手渡しました。
〈スターリィマン、ありがとう。私たちはこれからふるさとのみんなを、この空の上から見守っていくね〉
ふるさとを想う御魂の愛の風船が、いつまでもいつまでも輝き続けますようにと、スターリィマンは満天の星空を見上げ、祈り続けました。
