
感謝を受け継ぐ山田大名行列 〈宮城県気仙沼市〉
絵 はせがわいさお お話 はせがわ芳見
気仙沼市にある本吉町には、「山田大名行列」という古くから伝わるお祭りがあります。 「歴史ある故郷の文化遺産を継承したい」という地域のみんなの強い意志によって、今日まで大切に受け継がれてきました。
このお祭りが始まったのは江戸時代。山田村に疫病が流行った時、村民たちが神社の神様に祈願し、病が治まったことへの感謝を込めて芸能をご奉納したことが始まりでした。
華やかな衣装をまとった稚児から年長者まで、約100人以上の行列の一行は、町中を清め祓いながら、神様、仏様に感謝と祈りを込めて練り歩きます。
祭りでつなぐ地域のきずな
3年に一度行われるお祭りは、ちょうど震災の年に開催される予定が中止となり、翌年の2012年の10月20日、21日に無事に開催されました。
行列の最後を飾るのは、色とりどりの花飾りをつけた曲禄馬。今回、初めてお祭りに参列することになった若いお馬は、お祭りの日を迎えるまでずっとスターリィマンに「お祭りに必ず来てね!」とお願いをしていました。なぜなら、本当であればお祭りに参列するはずだったお馬のお父が亡くなり、少しでも親孝行がしたいと思っていたからです。
お祭り当日、お馬はスターリィマンの姿を見ると、息を切らせながら急いで駆け寄っていきました。
「わぁ! スターリィマン来てくれたんだ。おいら不安でいっぱいだったけど、力がわいて来たよ」
「きれいな花飾りだね。とっても似合っているよ」
「ありがとう! あのね、亡くなったおとうがいつも恥ずかしそうに言っていたんだ。息子のお前にわしの後を立派に継いでもらうこと。それがわしの夢なんだよってね。
きっとおいらのおとうだけじゃない。このお祭りを受け継いできたみんなの夢なんだ。だから、スターリィマン。みんなの夢が叶うように、おいらに風船、しっかりと結んでおくれよ!」
秋の朝日を受けながら、鎮魂の山田大名行列がゆっくりとゆっくりと進み始めました。みんなの夢がひとつになって、また未来に向かって歩き出しました。
「スターリィマン! ありがとう!」
お馬は大きく武者震いすると、行列の後ろを堂々と歩き始めました。
段々と小さくなっていくお馬の姿を、スターリィマンはやさしく見守っていました。
作品解説
ここに生まれてきた誇りを胸に
脈々と受け継がれる地域のきずな
この作品の題材は、気仙沼の本吉町に長く受け継がれている無形文化財・山田大名行列です。
きっかけは、2012年の5月に本吉町の皆様に「被災地の未来を輝かす心の原風景」の朗読会を開催していただいた時のこと。まだ四作目の南三陸の作品までしか完成しておらず、会の最後に「次は陸前高田のうごく七夕まつりを描く予定なんです」とお話しした時、「この地域にも山田大名行列というお祭りがあるんです。本当は震災の年にやるはずだったのが、今年の10月に行うことになったんです。是非、観に来て描いてください!」と地域の方におっしゃっていただいたことでした。
お祭り当日の10月21日(日)の朝。大名行列の出発地である「勢喜多」という世話宿の場所を訪れると、昔にタイムスリップしてしまったような、のどかで美しい田園風景が広がっていました。
その中を、小学生から大人の方々が長い行列をなし、掛け声を響かせ進んで行きます。
華やかな衣装は、それぞれの家に代々残るもので、津波によって衣装を流され、自分はお祭りには出られないと諦めていた方が、お祭りの日が近づくといてもたってもいられず、衣装を作り始めたとのお話をお聞きして、本当に胸が熱くなりました。
行列の中には、以前紙芝居の活動で出会った男の子がいて、小学生になって立派になった姿で何度も私たちに手を振ってくれたり、保育所の先生がわざわざお赤飯を炊いて持ってきてくださったりと、生まれ故郷のような皆様の温かな歓迎に涙が出るほど感激しました。
このお祭りのおかげで、自然ときずなが育まれ、震災が起こった時も、すぐに地域の方々が一丸となって的確な対処が取れたというお話をお伺いして、いかに常日頃から地域社会のつながりを築いていくことが大事かを学ばせていただきました。
戦争や震災で全てを失い、深い悲しみを負っても、決して失うことのなかったふるさとへの感謝と祈り。これこそ、人々の未来を輝かす心の原風景だと思いました。





アート壁紙寄贈にあたり
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ほか、匿名ご希望の皆様

ご一緒に風船を届けていただき心より感謝申し上げます
