4.夢の道しるべ 〈宮城県南三陸町〉

宮城県南三陸町の志津川湾には、荒島という周囲2キロほどの小さな島があります。陸から荒島に続く長くまっすぐな道の先は、海の神様が祀られている荒嶋神社へとつながっていました。

震災のあった年の大晦日。スターリィマンは美しい琵琶の音に導かれ、荒島の参道の前に辿り着きました。 あたりはまだ震災の爪痕が色濃く残り、入島禁止のため、参道は閉ざされていました。

すると参道の奥から「さぁ、スターリィマン。鳥居の中にお入りなさい」と 清らかな声がしました。

スターリィマンが意を決して参道を渡り、石段を登り、お社の前へとやって来て手を合わせると、 左側に鎮座していた狛犬が話しかけました。

 「スターリィマン! ようこそ、お参りくださいました。 あなた様をここにお呼びいたしましたのは、 この神社にお祀りされている弁財天様です」

 「そうでしたか。では、ずっと琵琶を奏でておられたのは、弁財天様だったのですね」

 「はい。弁財天様の他にも、この荒嶋神社には、金刀比羅様と八大龍王様が祀られておりますが、元々この荒島は、航海の安全や漁業の神として弁財天様が祀られたことから神様の島となったのです。しかし、明治の神仏分離の際に島が民間に売られ、一時は町民が立ち入ることが出来なくなってしまったのですが、多くの人々の手によって保護され、また1937年に町民に開放されました。

  そして、島に渡るための遊歩道や防波堤が作られたり、公園が整備されて、潮干狩りや釣りを楽しむ人々や湾を彩る岬や島々の眺めを楽しむ人々が訪れるようになり、いつしか町を代表する観光名所になったのです」

スターリィマンがうなずきながら耳を傾けていると、今度は右側の狛犬が語りかけます。

 「ここから眺める日の出と夕暮れは、誠に美しいですよ! 元旦には、初日の出を見ようとたくさんの方々が集まり、参拝者で賑わったものです」

 「そうだったんですか」

 「現在のように、三神が祀られるようになったのは、1960年5月24日のチリ地震による津波がきっかけでした。特に津波の被害の大きかった本浜地区内に祀られていた金刀比羅様や八大龍王様などの石碑を荒島に移し、弁財天様と合祀して、新たに荒嶋神社が創られたのです。荒嶋神社では、毎年7月24日、25日に宵宮祭という竜神様を荒島から本土へお迎えして、大漁祈願と感謝をお伝えする祭事が行われていました。

 本当にこの地域の方々は、信仰が厚く、いつも祈りと感謝を忘れずに私たちと共に生きておられました。そんな皆様が、この度の震災で多くのものを失い、悲しみに暮れ、打ちひしがれる姿を見ているのは、とてもとても辛いことです」

神々のお力を風船にこめて

狛犬たちが言葉につまり、うつむいているとお社宮の奥から声がしました。

 「スターリィマン、よく来てくれましたね。どうか私たちの頼みを聞いてほしいのです」

声の主は、弁財天様でした。

 「今回の震災で、人々はあまりにも多くのものを失いました。ここでは生活が出来ず、別の場所に移り住む者も後を絶ちません。仕方のないことだと思っています。しかし、たとえ離れていても、この地で生まれたことの誇りを決して忘れないでほしいのです。これまでも、津波によって何度も苦難を強いられましたが、海と共に生きる者の運命と、先人たちは知恵と勇気を振り絞り、懸命に生き抜いてまいりました。その強靭な魂が、この地には代々受け継がれているのです。

 だからこそ、みなで支え合って、今を耐え抜き、 また幸せな未来に向けて歩んで行ってほしいと願っています。みなが迷わず、諦めずに、夢の道を一歩一歩進んで行けるように、夢を叶える風船を、どうか南三陸の人々に届けてください」

スターリィマンは「わかりました!」と力強く返事をすると、「神々様のお力を、九つの風船にお分けください」と言って、風船たちを神前に差し出しました。

弁財天様、金比羅様、八大龍王様と一緒に狛犬たちも心を一つに風船に力を込めました。

さぁ、もうすぐ元旦の太陽が昇り、新たな年が明けます。スターリィマンが東の空に向かって、風船を放つと、明るくなってきた空に吸い込まれるように九つの風船はふんわりふんわりと天高く昇って行きました。

この地の未来を照らし続けていく希望の太陽は、神々様からの贈りもの。 人々の夢を叶える道しるべとなって、これからも明るく輝き続けることでしょう。

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