鹿又 久孝 様 株式会社河北新報社 専務取締役
震災のときのこと
河北新報社報道部の次長として震災当日から連日、津波被災地に取材に向かう記者のケアに当たりました。震災当日から3週間程度、会社で寝泊まりしたと記憶しています。仙台市内の自宅は大きな被害もなく家族も無事でした。普通の生活に戻るまで1カ月以上を要しましたが、津波被災地の過酷さに比べれば恵まれた方です。現場の記者はつらい取材の連続だったと思います。でも、みな気丈に振舞っていたのを頼もしく感じました。
はせがわファミリーとのつながり
はせがわファミリーの被災地に寄せる思いに深く感銘いたしました。河北新報には被災地で紙芝居を読み聞かせる活動などはせがわファミリーに関する記事7本を掲載しました。取材へのご協力に深く感謝いたします。継続して被災地支援に取り組む姿に頭が下がる思いです。スターリィマンには唯一無二の魅力を感じています。希望の存在です。被災地を描いた作品はスターリィマンが優しく、温かく励ましてくれるように感じます。
15年となる今、思うこと・伝えたいこと
震災を経て、被災地を何とかしようと積極的に動き出す若者たちが増えてきたと感じています。絶望の中から希望が湧き出ているとでも言えるでしょうか。
15年となる今、福島第1原発事故の影響が続く福島県とは違い宮城県内の被災地はほぼ復興が終わりました。ただ、大切な家族を亡くした被災者の中にはいまだにメンタルが安定せず、心の闇を抱える人もいます。東日本大震災だけが災害ではありませんが、関連死を含め22200人もの犠牲者が出た未曽有の大災害の影響は簡単に消えるものではないようです。
東日本大震災を忘れないこと。これを全国の方々にお願いします。そしてもう一つ。東日本大震災の経験を無駄にせず、この教訓を次の災害に生かしてください。
